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じいちゃんの掌の感触だけは、一生忘れないよ

じいちゃんの掌の感触だけは、一生忘れないよ

八十も半ばを過ぎた祖父が今、脳梗塞で明日をもしれない状態にいる。
病院に運び込まれた時にはもう手の施しようがない状態で、意識の回復も望めないだろうと宣告された。
それでも最初の数ヶ月は多少の反応があった。目も殆ど見えていないらしかったし
体を起こす事も出来ないけど、手足や頭はよく動かしていた。ちょっと喋りもした。
でも、痴呆状態で殆ど分かっていないかもしれないと医者に言われた。
実際、運び込まれてすぐの時に「ありゃ、本拠地に攻め込んだから負けたんだ」とか
じいちゃん得意の戦争話を呟いていた事もあったし(苦笑)
気道切開されてからは、祖父が出来るのはごくごく簡単な質問に僅かに首を振るだけで、
こっちの事が分かってるのか分かってないのか、ちゃんと確かめることはずっと出来なかった。
それでも付き添いに行った時は出来るだけ話しかけた。
あんまり口数の多い人じゃなかったから、二人だけでちゃんと話したことなんて
一度も無かったけど、何でも良いから話しかけて、体をさすった。

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あっという間に死んでしまった

あっという間に死んでしまった

俺はじいちゃんっ子だった。高校生くらいになると、
冗談や軽い皮肉みたいなことを言い合うようになって、
お互い笑いあうような仲良しになっていた。
俺が高校卒業してまもなくじいちゃんは癌で入院した。
あっという間に死んでしまった。

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おじいちゃんも宝だったよ

おじいちゃんも宝だったよ

おじいちゃんが死んでもうすぐ1年。
毎年お盆におじいちゃんに会うの楽しみにしてたのに今年は会えない・・・

小学校の頃車で夜中に着くといつも
「枕かしてな、○○はこれで寝てくれるか?」と言って細い腕を出してたっけ。
帰る時はいつも
「また来いよ〜〜」と言って見えなくなるまで手を振っていてた。

そして私も母になった今では、私の子供と遊びながら
「子は宝や ありがたいなぁ ほんまにありがたい」
と満面の笑みを浮かべて言っていたのを思い出しては涙が・・・
「いつも感謝せなあかん、子は親に 親は子に。」
この言葉に何度助けられたか・・・
そしてこの先もおじいちゃんはこの言葉で私を助けてくれるんだろうと思う。
おじいちゃん ありがとう。

おじいちゃんも宝だったよ・・・・私にとって。
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2ヶ月前まで元気だったじいちゃんの面影がほとんど無かった

2ヶ月前まで元気だったじいちゃんの面影がほとんど無かった

つい先週の昼下がり。
両親共働きの環境で育った漏れにとって、幼い頃から
様々なことを教えてくれたりと面倒みてくれていたじいちゃんが
十二指腸潰瘍と痴呆で入院したとのことで見舞いにいった。

やせ細った棒のような体と濁った目。
2ヶ月前まで元気だったじいちゃんの面影がほとんど無かった。
漏れの事もよく分からない有様で、
その病室でカップラーメンを食べている時本当に切なく
胸が締め付けられる想いだった・・・。

ただ、最期に病室出る前に手を握った時
「○○の手ぇ、あったかいなぁ〜」
と言われたのが嬉しかった・・・。
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片側1車線の歩道もろくに整備されていない道を、何時間もかけて歩いて来た

片側1車線の歩道もろくに整備されていない道を、何時間もかけて歩いて来た

実家は個人商店だった。
お袋も実家から少し離れた店に出ていることが多く、物心つく前から、
お袋方のばあちゃんがおれの面倒をよくみてくれていた。
ばあちゃんの家は実家から車で20分程度の距離にあって、
その頃はお袋の兄貴が実家まで送ってくれていた。

おれが大きくなって、自分の身の回りのことができるようになると、
ばあちゃんの出番は少なくなった。
しかし、そのころからばあちゃんは車で20分の距離を歩き、一人で来はじめた。
片側1車線の歩道もろくに整備されていない道を、何時間もかけて歩いて来た。
バスは通っていたけれど、とにかく歩いてきた。数ヵ月に1回くらいの割合で。
ばあちゃんの家にいる従兄弟はばあちゃんを相手にせず、
その家の嫁ともうまくいっていなかったのを知ったのはずいぶん後のことだ。

ばあちゃんの来訪は長く続いた。ただ歳を取るにつれて、お袋の兄貴が送って来たり、
お袋が迎えに行くことも多くなった。1泊程度泊まって帰るのが常だった。
10代も終わりを告げようとしていた頃のおれに対して、
ばあちゃんは何度か部屋のドアをノックし、微笑みながら顔をのぞかせる。
おれは邪険ではないにせよ、つっけんどんな態度をとっていたような気がする。
親父やお袋に反抗的な態度をとっていた手前もあったかもしれない。

ばあちゃんは近くの店で菓子やらパンやらを買ってくる。
おれがいくつになっても「おあがんなさい」といって買ってきてくれるのは、
いつもだいたい同じものだった。そしてジュースといえば三ツ矢サイダーだった。
そんなばあちゃんのことがおれは好きだった。

ばあちゃんに異変が起き出したのはおれが仕事を始め、
一人暮らしをするかしないかの頃だった。
おれの実家に来て、散歩に出かけるとなかなか帰ってこられない。
「どうもボケが始まったらしい」そんな話が出てからもしばらくは小康状態で、
それほど心配はなかった。

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posted by 感動する話・泣ける話・笑える話・心に残る話 at 22:00
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祖父は戦死しておらず、某一流企業の取締役になっていた

祖父は戦死しておらず、某一流企業の取締役になっていた

私の祖父は(父方)沖縄で戦死したと高校まで聞かされていた。
父が1歳の頃だ。父は自分の父親の顔を知らずに育った。
自分がぐれたり間違った道へ行けば、母子家庭だから…と白い目で見られるだろう、
そんな思いと、女手一つで一生懸命戦後育ててくれた母親と戦死した父のために立派になろうと、
進学も就職も人の羨むところまで上り詰めた。(田舎だから特に)

ところが私が数年前、父の親戚から思わぬことを聞かされた。
祖父は戦死しておらず、戦後いろいろあったのであろう、
新しい土地で新しい家族を持ち、某一流企業の取締役になっていた。
それが発覚したのは新聞の就任記事からだ。
由緒正しいお家だったため、苗字も全国で親戚以外いない珍しい名前だったのと(もちろん同姓同名)、
出身地、経歴、生い立ち等が全て一致。

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もっといっぱい遊んでもらえたらよかったのになぁ

もっといっぱい遊んでもらえたらよかったのになぁ

母方の祖父が死んだ時だ。その時俺は小学4年生くらいか。
今夜が峠、と言われたのかどうかは知らないが、子供の俺と兄は初めて病室に連れて行かれた。
そこで見たのは苦しむ祖父の姿。祖父はこちらを見もせずにただ苦しんでいた。

次の日の朝、家に両親がいないことに気づき、兄が母の実家に恐る恐る電話をした。
そして、電話を切って、「じいちゃん死んじゃったんだって」と俺に一言。
俺は泣かなかった。もちろん兄も。大人たちが葬儀の準備をする間も、
なにかに焦る衝動に絶えながら、ぐっと涙を堪えていた。

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この子を私が叱らないで誰が叱ってやるの

この子を私が叱らないで誰が叱ってやるの

母から聞いた祖母の話。
母が小さいころ、近所に住んでいたある男の子の母親が亡くなった。
それからというもの、その子は手もつけられない位に荒れまくって、
近所の人からも煙たがれるようになっていたそうだ。

ある日、家の近所でその男の子が悪さをしでかした。
(その子がなんかイタヅラをして、叔父に怪我をさせたとかなんとか)
その話を聞いた祖母は、その子を捕まえて庭にある木に縛りつけてしまったそうだ。
騒ぎまくるその子の声を聞いて、近所の人達が集まってきた時に祖母が一言。
「手をださないで。今、この子を私が叱らないで誰が叱ってやるの!!」と。

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あんたがいなくなってから急にボケがひどくなった。

あんたがいなくなってから急にボケがひどくなった。

俺って、小さい頃に母親が死んだから、ばあちゃん子だった。
非常に俺に甘く、しつけのことでいつも父親と喧嘩してた。
いつも飯作ってくれてたけど、俺は少食だったし好き嫌いも多くて、文句ばっかり言ってた。
それでも他の兄弟よりも俺のことばかり心配し、
わざわざ食事を部屋まで持って来たり、取りに来てくれた。
俺の好きなものばかり作るようになった。
でもそれは俺にとって逆にうざかった。

大学に入って、俺が一人暮らしすると、毎日のように留守電が入ってた。
面倒だからほとんど返事しなかったし、たまに俺が出たときも、
「あー。あー。」てな感じですぐ切ってた。
そしておれの大学入学をきっかけにばあちゃんは急に老け込んで行った。
そして、脳梗塞になり、そのまま施設に入ることに。
兄弟からは「あんたがいなくなってから急にボケがひどくなった。お見舞いちゃんと行けよ!」てなことを言われた。
言われると逆にいけなくなる、素直じゃない俺。
たまにお見舞い行っても、特に話すことが見当たらない。
本人も今の自分の弱ってる姿をあまり見せたがらないし、
見るたびに痩せて行く姿を俺も見たくなかった。
俺はとっくに就職して、こっちに帰ってきてるのに、
「テストは終わったの?今こっちに帰ってきてるんだね」
と、ばあちゃんの中ではいつまでも大学生のままの俺。

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裸、撮ってみたい。

裸、撮ってみたい。

まだ私が自分のことを「僕」と呼んでいた年齢の頃です。
写真が好きで暇を作っては撮影していたものの、学生なので当然のことながら金はなく、
趣味と実益を兼ねて写真屋でアルバイトをしていました。

その頃のDPEは今と金額的には変わらなかったような気がします。
ですから、同時プリントというのは考えられず、まずはコンタクトプリント、
しかもモノクロでコマを選んで焼き増しをするのが一般的でした。
このような状況では、当然、写真の一コマに対する情熱は、今とは比べようもありません。

ある意味、しみったれた背景のある情熱ですが、
それでも、彼女との思いを繋いでくれた思いですので、
そうそう馬鹿にする訳にもいかないのです。

私が店番をしているとき、彼女が現れました。
一眼レフのカメラを持って、何となく、入りづらそうでした。
年齢が近かったせいもあると思います。それでも、彼女は意を決して店の中に入ってきました。

彼女の話を聞くと、カメラが壊れているようなのです。
そこで、私がカメラを手に取りました。
カメラを見ると、ニコマートELでした。
しかし、その刹那、彼女は突然、泣き始めたのです。

はっきり言って、私は面食らいました。
初対面の女性が理由も分からず泣き出したのですから当然です。

それほど忙しい店でもなかったのですが、世間の目も気になります。
取り敢えず、カメラを見てみますから、と言って、
店の多少奥まった場所にある椅子に彼女を案内しました。

女慣れしていなかった私は、どうすることもできませんでした。
彼女を泣かすにまかせ、自分は渡されたカメラの故障個所を調べるふりをして、
機械を弄んでいたものの、気はそぞろです。

そんな折、彼女は泣くのを我慢し始めました。
「ごめんなさい。それ、父の形見なんです。
父は写真が好きで、私にも随分、写真のことを教えようとしていました。
でも、私は冷たくあしらうだけで・・・・・。だけど、つい先日・・・。」

残されたアルバムを見ると、彼女の写真がたくさんあったらしいのです。
それを見るにつけ、形見のカメラを使うことが供養になると考えたらしく、
使おうと思ったらしいのですが、露出計が働かないようなのです。

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